NO-GI? 私には関係ないやつ。
ずっとそう思っていた。だって、やっているのは色帯の強そうな人ばかり。
ところが、ある日思い切って参加してみたら……これがめちゃくちゃ楽しい。
そして私は、このあと3か月ほどGIを疎かにすることになる笑。
「NO-GI」という単語をずっとスルーしていた
ジムに入会したばかりの頃、「NO-GI」という言葉を聞いても完全にスルーしていた。
「道着を着ないでやる柔術だよ」
と説明されても、
へぇ……そうなんだ。
くらい。
道着を着るのが柔術なのに、道着を着ない柔術とは。
初心者の脳には、ただでさえ処理することが多すぎる。エビ、ブリッジ、スイープ、パスガード。
覚えたと思ったら忘れ、忘れたことすら忘れている。
NO-GIまで興味を広げる余裕などなかった。
しかもGIクラスのあとに始まるNO-GIクラスを見学してみると、参加しているのは色帯の先輩ばかり。
なるほど。
これは強い人になってからやるやつだ。
勝手にそう解釈して、NO-GIを「私には関係のない世界」に分類していた。
「動き続ける」と聞いて、ますます遠ざかる
その後、NO-GIについてこんな情報を耳にした。
道着を掴めないぶん、終始動き続けながら相手をコントロールしなければならない、と。
……動き続ける?
スタミナというものを、どこかに置き忘れて40代になった私には恐ろしい言葉だった。
GIですら1本スパーが終わるたびにゼーハーしているのに、さらに動けと。
絶対無理。
興味を持つどころか、NO-GIはますます遠い世界になった。
ところがGIをやっていると、指がボロボロになる
そんな私がNO-GIを気にし始めたのは、GIの練習を重ねてからだった。
道着を掴む。掴む。また掴む。
そして練習後、指を見るとボロボロ。
さらに私は道着を掴むと、「絶対離すまい」と必要以上に力んでしまう。その結果、スパーがめちゃくちゃ疲れる。
相手と戦っているというより、
道着と私の握力が戦っている。
そこで、ふと思った。
「もしかしてNO-GIをやって、“掴まない柔術”を覚えたほうがいいのでは?」
あれほど自分には関係ないと思っていたNO-GIが、急に気になり始めた。
とりあえずYouTubeで予習する
とはいえ、いきなり色帯だらけのクラスに飛び込む勇気はない。
まずはYouTube。
「NO-GI 初心者」的なワードで調べて予習した。
そこでようやく、NO-GIは色帯の手練れだけに許された秘密の集会ではなく、初心者でも始めていいものだと知る。
よかった。
さらに予習していくと、道着を掴んで相手を固定できないぶん、腰切りや体重移動が重要になるらしい。そして、パスされないように動き続ける。
……。
やっぱり動くんじゃん。
若干の不安を残しつつ、ついに参加してみることにした。
満を持してNO-GIクラスへ
初めてNO-GIクラスに参加した日。
先生から、
「おっ! 初参加。素晴らしい!」
と褒められた。
まだ何もしていない。
参加しただけで褒められた。
40代になると、存在しているだけで褒めてもらえる機会はほぼない。
もうこれだけで来てよかった気がした。
ところがクラスが始まり、最初のソロムーブから驚いた。
GIでも聞いたことのある名前なのに、身体の使い方が全然違う。
さらに、
「こう抑えられたら、相手の喉を前腕で潰して……」
とか、
「首にグッと力を入れて、喉で潰して……」
とか。
急に物騒。
NO-GI、思っていたよりワイルド。
そして私の頭には、別の疑問も湧いてきた。
ラッソーは? スパイダーは? ベリンボロは?
道着を掴んでアタックする技は、道着がなかったら一体どうするんだ。
疑問だらけのまま、スパーリングの時間になった。
立った瞬間、何をしたらいいのか分からない
いざ相手と向き合う。
そして気づいた。
何をしたらいいのか、まったく分からない。
GIなら、とりあえず道着を掴める。でもNO-GIでは掴めない。
どうやって引き込む?
テイクダウン?
そもそも、どこを持つ?
初心者なりにすでに身体はGI仕様になっていたらしく、気がつくと相手のウェアを掴もうとしている。
あ、ダメだった。手を離す。
また掴みそうになる。離す。
もう何をしているのか分からない。
仕方がないので、
「とりあえずウェアだけは掴まない」
という最低限のルールだけ守り、これまで柔術で培ってきた知識と技術――両方とも大したことはない――を総動員して戦ってみた。
なぜか腕十字が極まった
当然、やっていることはデタラメ。
相手がかなりやらせてくれた部分もあったと思う。
それでも動いているうちに、
あれ?
腕十字に入れそう。
そして、
極まった。
NO-GI初日に腕十字。
これはうれしい。
「私、NO-GIできるじゃん」
壮大な勘違いが始まるには十分だった。
押さえ込まれても、スルッと逃げられる
そして、もうひとつ驚いた。
NO-GI、意外と逃げられる。
GIでは一度押さえ込まれると、道着を掴まれ、こちらも相手の道着を掴み、気づけば身動きが取れない。
はい、ここからめんどくさいです。
となることが多い。
ところがNO-GIは道着を掴まれない。しかも動いているうちに汗もかく。
押さえ込まれても、
スルッ。
あれ?
逃げられた。
もちろん相手のレベルにもよるのだろうけど、初めての私にはGIより身体が自由に動くように感じた。
このスルッが、地味に楽しい。
「疲れる」と聞いていたのに、なぜか疲れない
始める前、先生には言われていた。
「NO-GIは動かなきゃいけないから疲れますよ」
それが最大の恐怖だった。
ところが実際にやってみると、
あれ?
思ったほど疲れない。
いや、たぶんGIより動いている。でも道着をギュッと掴み続けないからなのか、変な力みがない。
動いているのに、苦しくない。
GIでは、
ここを掴んで。
こっちを蹴って。
次はこっちの手を……。
と、頭の中で手順を思い出そうとしているうちに、全部終わっていることがよくある。
NO-GIでは、そんなことを考えている暇がない。
来た。
逃げる。
動く。
押す。
潜る。
とりあえず本能で戦う。
これが、めちゃくちゃ楽しかった。
「楽しそうにやってましたね」
後日、GIの先生から言われた。
「NO-GI、楽しそうにやってましたね。腕十字も極まってたし」
……見られていた。
GIとNO-GIは別の先生。
なんとなく、
浮気がバレたみたいで恥ずかしい。
でも確かに、楽しかった。
スタミナのない自分には絶対無理だと思っていたNO-GI。
色帯の強い人がやるものだと思っていたNO-GI。
やってみたら、想像していたものとは全然違った。
そしてこのときの私は、まだ知らなかった。
この「ちょっと楽しいかも」が、
その後3か月くらいGIの練習を疎かにするほどのハマり方につながることを。
まとめ|食わず嫌いならぬ、着ず嫌いだった
NO-GIという言葉を聞いてもスルー。
見学して「強い人専用」と勝手に決めつける。
「動き続ける」と聞いて完全に怖気づく。
そんな私だったけれど、やってみたらおもしろすぎた。
掴めないからこそ動く。
押さえ込まれてもスルッと逃げる。
手順を思い出すより、とりあえず身体を動かす。
GIとはまた違う柔術の楽しさを知った。
食わず嫌いならぬ、
着ず嫌い。
そして気づけば、NO-GIクラスへ足繁く通うようになっていた。
次回は、
「気づけばNO-GIばかりやっていた|GIよりハマってしまった理由」
について。
私の背中を押してくれた動画はこちら↓
『ブラジリアン柔術』DEEP HALF CLUB
「初心者必見!誰でも始められるグラップリング練習の勧め三選!」

